【書評】『わが投資術 市場は誰に微笑むか』──上級者のための「投資哲学書」

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2024年に講談社から出版された、清原達郎氏の『わが投資術 市場は誰に微笑むか』。
発売と同時に重版がかかり、投資家の間で大きな話題を呼んだ一冊です。

著者の清原氏は、かつてヘッジファンド「タワーK1ファンド」を運用し、
長者番付1位にもなった伝説的投資家。
個人資産800億円とも言われ、日本では数少ない「実際に巨額を動かした個人運用者」の一人です。
本書は、彼が咽頭がんを患い、声を失うという人生の転機を経て、
「後継者がいないなら、自分の知恵を世に残そう」として書かれた“最後の講義”のような内容になっています。


■ 投資初心者には難しい。だが、上級者には深く刺さる

『わが投資術』を開くと、最初に感じるのはその難解さです。
PERやPBRといった基礎指標は当然の前提として語られ、
そこからさらに「キャッシュニュートラルPER」や「割安小型成長株」といった、
上級者でも考え込むような概念が次々と登場します。

つまりこの本は、株の「始め方」を教えるものではなく、
株の“向き合い方”を問い直す本です。
著者の言葉を借りれば、

「市場は敵ではない。敵は自分の感情である。」

本書のテーマは、テクニックではなく哲学。
相場で長く戦ってきた人ほど、この一文の重みを痛感するでしょう。


■ 市場と戦うな、市場と共に生きよ

清原氏が最も強調するのは、「市場に勝とうとするな」という考えです。
市場を出し抜こうとするほど、相場は牙をむく。
彼にとって投資とは、敵を倒す戦いではなく、共存の知恵です。

市場は常に不確実であり、完璧な予測は存在しません。
だからこそ重要なのは、変化を受け入れ、柔軟に構える姿勢
著者は、「市場に支配されず、しかし逆らわずに歩む者」こそ、
最終的に生き残ると説きます。


■ 情報は“多さ”より“偏り”を見抜け

清原氏は、情報の量よりも「偏り」に注目します。
どんなニュースも、アナリストレポートも、そこには人の思惑と盲点があります。
重要なのは、その「盲点の方向」を読むこと。

「どの情報が過大評価され、どの情報が見落とされているかを見抜くことが、勝者の条件だ。」

市場では、語られすぎたテーマより、忘れられたテーマにこそ宝が眠る。
この視点は、情報過多の現代投資家にとって極めて本質的な警告です。


■ “割安小型成長株”という黄金の中間地帯

清原氏の投資スタイルの中核は、「割安小型成長株」。
それは、単なるバリュー株でも、派手なグロース株でもない。

たとえば、地味だが確かな成長力を持つ企業。
あるいは、業界構造の転換期にある“見捨てられた企業”。
こうした「市場が再評価していない成長株」を狙うことで、
市場が気づいた瞬間に爆発的なリターンを得る。

これは清原氏自身が長年の経験から導いた、「安さ」と「伸びしろ」の両立点です。
投資上級者なら、このバランスの難しさと重要性がよく分かるでしょう。


■ ショートは防御ではなく“洞察の訓練”

多くの投資家にとってショート(空売り)はリスクヘッジですが、
清原氏にとってそれは「思考の訓練」です。

上昇相場の中でも、「どの銘柄が落ちるか」を常に考える。
この習慣が、市場全体の構造を立体的に理解する力を育てるのです。
ロング(買い)とショート(売り)を対比的に見ることで、
**強い銘柄の“本当の強さ”**も見えてくる。

単なる儲けの技法ではなく、「相場を見る目」を鍛える行為こそショートの真価だと説きます。


■ やってはいけない投資とは何か

本書の後半では、著者が強く警告する「やってはいけない投資」が語られます。
それが、ESG投資や未公開株などの“流行型投資”です。

社会的正義やブームに流される投資家は、
しばしばリスクを見誤る。
清原氏は冷徹に言い切ります。

「社会的正義で株価は上がらない。」

相場では、善悪よりも“現実”が支配する。
この冷静な距離感こそ、上級者が持つべき姿勢です。


■ 成功体験は投資家を老いさせる

清原氏は、自らの成功体験すら疑う。
なぜなら、「過去の勝ちパターンを信じた瞬間に投資家は衰える」からです。

市場は常に変化し続け、昨日の正解が今日の誤りになる。
変化に適応できる柔軟さこそ、最も重要な資産。

「市場が変わるのではない。変われない自分が取り残されるのだ。」

この一節は、経験豊富な投資家ほど胸に刺さる言葉です。


■ リスクとは数字ではなく“構え”である

清原氏にとって、リスクとは統計値ではなく「覚悟」です。
想定外に耐える力、孤独に耐える力。
これがなければ、どんな分析も無意味になります。

リスクを“数字”で管理するのではなく、
「精神の筋力」で受け止める。
それが、清原氏が説く真のリスクマネジメントです。


■ この本が教えてくれるもの

『わが投資術』を読み終えたあと、
読者の手元には再現可能な“必勝法”は残りません。
しかし、心の中には確かな問いが残ります。

「自分は、市場に誠実でいられるか?」
「群衆の声に流されず、自分の目で見ているか?」

清原氏は本書の終盤で、こう語ります。

「市場は誰にでも微笑む。ただし、耐え抜いた者にだけ。」

この言葉が示す通り、本書は「市場で勝つための本」ではなく、
「市場とどう生きるか」を問う一冊。
初心者には難解かもしれませんが、
相場の荒波を経験した者にとっては、まさに人生の羅針盤となる本です。


■ まとめ

『わが投資術』は、単なる投資ノウハウではなく、投資家の生き方の書です。
著者の経験、哲学、そして痛みが凝縮されたこの本は、
「数字の裏側にある人間の本質」を描いた稀有な作品といえるでしょう。

長く投資を続けてきた人ほど、この本の言葉が静かに胸に響くはずです。
市場とともに歩む覚悟を持つ、すべての上級投資家におすすめしたい一冊です。

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